騎兵ネタ
ツンデレってこうかー? これでいいのかー!?
任務の詳細も知らされぬままの昼夜を問わぬ強行軍の果てに、大隊は敵占領下の街を見下ろす低い丘陵の上に位置していた。
すでに戦闘は佳境にあると言っても良かった。友軍による絶え間ない砲撃と、自棄(やけ)になった敵占領部隊の放火によって、街は炎の中へと飲み込まれつつあった。
炎上する街を眺めつつ、俺たち騎乗歩兵第二連隊第三大隊は突撃の瞬間(とき)を待っていた。
騎乗歩兵は文字通り馬に乗った歩兵であり、その最大の武器は機動力と運用の軽便さだった。だが、街の奪還はもっと大きな作戦の一部に過ぎず、どうやら上の司令部は連隊を軽騎兵として運用することで時間を稼ぐ腹積もりのようだった。
ひどいことになるぞ、と俺は思った。
***
連隊も俺も、生まれは王国北部の十月地方だ。十月地方はいまだ開拓途上にあり、人口の増加を受けて連隊区に指定されたときに、編制を任された領主の一人が連隊を騎乗歩兵部隊にすることを決めた。
十月地方は開拓地という性格上、馬を駆れるものが多かった。一方で、そいつらは過剰なほどの誇りと独立心を持っており、通常の歩兵に必要な集団行動を取らせるのには不安があった。
こうして十月地方騎乗歩兵第一連隊が編制された。騎乗して得た機動力をもって戦闘の焦点へとすばやく駆けつけ、徒歩(かち)でもって戦った。偵察や大規模浸透、ゲリラ戦やゲリラ狩り。伝令や食料徴発、時には騎兵の真似事まで。
当初連隊は四個大隊編制だったが、陸軍が手持ちの全連隊を三個大隊編制へと改編することを決定したため、上層部(うえ)は二個大隊分の人員を増強して連隊を二つに分けることにした。
そんなこんなのはてに今の戦争が始まり、俺は平時に徴兵される歳になる二年も前に軍に突っ込まれていた。
そして前線に立っていた。
***
街からあがる火の手と煙、砲兵の連中が奏でる戦場音楽。絶え間なく響く大砲の音が逆に周囲の本来の静けさを強調している感じがする。昼だと言うのに、風下の方の空は曇に覆われたようになっていた。
苛ついた馬が足を踏みかえるのを宥めつつ、俺は大隊の仲間を見渡した。
中隊長が房飾りのついた鉄帽(てっぱち)を取って顔の汗をぬぐっている。ジャケットのボタンを神経質にいじっているのは小隊の先任曹長だ。私物らしい乗馬外套を着た兵卒が俺を見てにっと笑った。その隣では口髭の兵卒が手袋の具合を確かめていた。
視界の角で大隊長が片腕を上げ、ラッパ手が聞きなれた曲を吹き始めた。 俺たちは気を入れなおし、サーベルの柄に手を置いた。
「抜刀用意」
大隊長が豊かに響く声で言うのを、各級指揮官、下士官、兵卒が復唱する。
騎手の気分に敏感に反応し、馬共の鼻息が荒くなる。
「抜刀」
金属がこすれる音とともに一斉にサーベルが引き抜かれ、大隊の頭上に突き上げられて日を浴びてきらきら輝いた。手首を右肩に当てサーベルを担ぐようにして、意識して静かに呼吸する。
同じく準備をしていた歩兵連隊の方から鼓笛の音が響いてきた。連中が前進を開始する。
と、街から銃弾が飛んできて、歩兵連中がばたばたと倒れはじめた。あごを砕かれ、肉を削られ、隣を歩く戦友が崩れ落ちる中で、連中は全てを無視して隊列を乱すことなく進み続けた。一人だけ、びくついた間抜けが隊列を抜け出そうとして、下士官に拳銃で頭を撃ち抜かれた。
兵隊は歩くのが商売。兵隊は死ぬのが商売。そして兵隊は殺すのが商売だ。
敵が俺たちに気がついて、蟻塚から溢れる蟻のように街からあふれ出してくる。隊列を組まれる前に、俺たちが削って歩兵で潰す。
「突撃にィ!」
大隊長の声が響く。
「突っ込めェ!」
ラッパがけたたましく鳴り響く。
***
絶叫する。絶叫する。絶叫する。絶叫する。
突撃してくる騎兵に立ち向かうのは、ただの歩兵には荷が重い。それは騎兵が物真似の偽者だろうと変わらない。
隊列を組みかけている敵の左翼に、大隊長以下の全力で突撃する。俺たちに気がついて味方の歩兵を向いていた火力がこちらを向く。今度は俺たちが銃弾の洗礼を受けるのだ。
銃弾を浴びる。銃弾を浴びる。銃弾を浴びる。銃弾を浴びる。
二つ隣を走っていた奴が落馬して、鐙から片足が抜けずに引きずられ馬ごと倒れた。前方で落馬した奴が運悪く誰かに引っ掛けられて動かなくなる。馬がやられて、突撃の勢いもそのままに投げ出されて首が折れた奴がいる。騎手を失いうろたえた馬が、立て続けに銃弾を浴びてどうと倒れた。
死神が隣を走っている。死のにおいが充満する。
頭にぶん殴られたような衝撃が来た。鉄帽を弾が掠めたらしい。
俺はぐらつく頭を一振りして、負けじとさらに絶叫した。
大隊の先頭が歩兵のなかに突っ込んだ。突撃の勢いもそのままに、俺たちは殺戮する機械と化す。
馬で体当たりをする。サーベルを振り下ろす。逃げる背中を踏み砕く。刃を横にしてサーベルを刺す。立ち向かってくる奴は簡単だ。バラバラに逃げ惑う奴は頭がいい。
俺は餓鬼のような顔の敵の頭を一撃で砕いた。先任曹長が巧みな手綱捌きでサーベルを振るう。口髭の兵卒が小銃で命令を叫んでいた敵の下士官を仕留めていた。と、外套の兵卒が俺の後ろに馬を突っ込ませ、銃で俺を狙っていた奴を潰してくれた。
外套の奴と視線が合う。奴がにっと笑うのに頷き中隊長の方を示す。突出した中隊長が敵に囲まれつつあった。
先任曹長もそれに気がつき、ぐるりとあたりを見回した。
俺たちは先任の指揮の下に中隊長の所へと突っ込んだ。
中隊長が落馬し、そこに敵が殺到しようとするのが見えた。俺たちは中隊長に向かう敵を蹴散らし、続く敵を迎え撃った。
外套と口髭はそれぞれサーベルと小銃の名手だった。外套が切り、突き、薙ぐ横で口髭が信じられないほどの装填速度で銃弾を放ち続けた。
先任曹長はまさに人馬一体だ。サーベルで突き、馬で砕き、回り込み、敵を次々と切り刻む。
一方で敵は俺を見ると一様に恐怖の表情を浮かべていた。悪鬼を見たような怯えた顔。俺はそれに応えるように人間の喉から出たとは思えない咆哮を轟かせ、力任せの一撃を繰り出し続けた。
視界の角で主のない馬を捕まえた中隊長の姿が見えた。中隊長が騎乗するのを待って、俺たちは次に殺すべき敵を探しはじめた。
***
歩兵の連中がたどり着き、俺たちの役目が終わったのがわかった。敵がまた街の中に逃げこんだため、騎兵の仕事がなくなったのだ。
ある程度状況が落ち着くのを待って、俺たちは馬を下りてさっきまで殺し合いをしていた現場を歩きはじめた。倒れた敵の隣にひざまずく。
懐をあさると、ねじの切れた時計が出てきた。動くのを確かめ、丁寧にはずして自分の上着のポケットに落とす。
同様に皆が死体あさりにせいを出していた。首飾りを取り、指輪を抜き、時々息のある奴に慈悲ある止めをさして回る。本物の死体漁りである補給の連中が来たあとは、死体からは服や靴までが奪われる。きつい指輪を取るために銃剣で死体の指を切り落とした。
外套と口髭の二人が俺の方に歩いてきた。
「よう」
ふざけて敬礼をしてくるのにわざとらしくかしこまった敬礼で応える。
「ずいぶん色男になったなあ」と外套が言う。
「こいつか」
俺は自分の顔を撫でた。血はすでに止まっていたが、痛みと違和感が残っている。
痛そうにする俺を見て二人がゲラゲラ笑う。気付いてなかったよな、というのに頷くとさらに笑い声が大きくなった。
「しかし信じられんよ、片目がつぶれていて気付かないってのは」
外套の言葉に口髭が頷く。口髭が懐に手を突っ込み、酒の小瓶を投げてよこした。
ありがたく一口いただき、外套に投げて渡す。取り損ねた外套が小瓶を落として中身をぶちまけた。「おい嘘だろ」「信じらんねえ」「死ねばいいのに」「というか殺す」口髭と二人で一通り罵倒する。
突撃のときに受けた衝撃は、残念なことに鉄帽ではなく俺の右目を掠めていた。視界の半分を持っていかれても気付かずにいたのは、頭に受けた衝撃がでかかったせいか俺が終わってるかのどっちかだろう。いまなら中隊長のところで敵が怯えていた理由もわかる。戦場に怪我はつきものだが、片目から血を流し続ける男が馬を駆って襲ってくれば、よほど『入って』いるか肝が据わっている奴じゃない限りたまったものじゃないだろう。
騎乗した先任曹長が走ってきた。俺たちの姿を認めてよってくる。
「午後から街に入るぞ」
おい嘘だろ。
俺たちの顔色を見て先任は苦笑した。
「いや、大丈夫だろう。俺たちは今回十分血を流した。今日はもう戦闘はない。お前とお前とお前」
俺たち三人を指し示し、
「明日から伍長だ。だいぶ死んだ。下手すりゃ故郷(くに)に戻って休養だ。片目のお前」
投げよこされたのはいくばくかの金を包んだハンカチーフだった。
「それでその傷を隠すといい。金はお前らで飲んじまえ。中隊長からの差し入れだ」
歓声を上げる俺たちに片腕を上げて、先任は優雅に馬の首をめぐらせた。
「曹長!」
外套が楽しそうに声を上げる。
「曹長って、いい人っすよね」
「な!」
ものすごいうろたえてるぞ先任曹長。
「中隊長はこんなハンカチ持ってないし、これって曹長の私物ですよね」
「う、うるさいな! 関係ないだろそんなこと!」
「自分からだと言えばいいのに」
口髭も外套の尻馬に乗る。
「俺がお前らにいちいち気をかけてやるわけがないだろ!」
外套と口髭がニヤニヤするのに、先任は顔を真っ赤にして反論した。
そしてハンカチーフを持つ俺と眼が合った。
「べ、別に意味はない、そのみっともない傷が気に障るだけだからな!」
誤解するな、と言って先任曹長は去っていった。
「まったく」
外套が肩をすくめた。
「いい人だよ、死なせたくない」
その声には今日はじめての疲れの色が混ざっていた。
「誰かを死なせたくないなんて余裕があるのか?」
口髭がタバコの用意をしながら言った。だいぶ死んだ、という先任曹長の言葉を思い出す。
「とりあえず」
俺は鉄帽を脱ぐと先任のハンカチーフで片目を斜めに覆って見せた。
「どんな感じだか教えてくれ」
外套が口笛を吹いた。口髭は目を細めるとタバコに火をつけた。
二人の反応に満足して、俺は鉄帽を被りなおした。
投稿時、感想をくれたのが荒らしと目されている人だけだった。オデは泣いた。