中世ヨーロッパ風ファンタジーにおける生物戦部隊

 最初に手渡されたのは皮製の仮面だった。顔全体を覆うもので、口のところは鴉のくちばしのように尖っている。
「そこにはハーブが詰めてある」
 と既に仮面をつけた医者が言った。黒衣に身を包み、マントをひるがえす姿はどちらかというと死神のそれに近い。
「悪臭対策だな。これからたくさんの死を見るぞ」


 伯爵領内で流行った病は沈静に向かいつつあった。
 それは医学の勝利を意味しない。死ぬものは死に、生き残るものは生き残った。ただそれだけのことだった。
 古くからある病気だった。罹ったものの半分は死に、生き残ることが叶えば二度と罹らない、そういう類の病気だ。
 だが、伯爵領内での大流行は記録に無いものだった。領内に続く道は封鎖され、人と物の流れすら止められた。
 領民の半数以上が死んだのは、病以上に飢餓の影響が大きいのではないか。


 教会のひとつに集められた病人の世話をしているところに伯爵自身が姿を見せた。医者やその手伝いをするものたち同様、くちばしの生えた仮面を被っている。
 伯爵は病人達の間を回り、時に手を握り、励ますように声をかけた。
 伯爵自身は既にこの病から回復している。そうは言っても、妻子の全てを奪った病に対するその姿は人々に敬意を抱かさせるものだった。


 伯爵が医者を伴って表へ出た。今日から手伝いをしている男も、医者について後ろに控えた。
「我が領内はまさに地獄よ」
 伯爵が静かに言った。
「もはや暮らしも立ち行かぬだろう。役所も市井も僅かな生き残りのみで動いておらぬ。畑を耕す手も、物を商う手も足りぬ」
「ですが」
 医者がそれを受けて言う。
「生き残りました。――これだけのものが。おそらく、我が領内で斯様な病はもう起きぬかと」
 伯爵は僅かな笑い声を上げた。
「それはそうだろう。生きとし生けるもの全てが病を乗り越えたのだからな。……ふむ、君はどう思う。何を生業としていた」
 声をかけられたと気付き、手伝いの男は仮面を脱いだ。現れたのはいくつもの傷がついた顔だった。
「私は都市警備隊にいました。仲間も家族もだいぶ失いましたが、やることは変わりませんね。剣を吊る。必要なら抜く。それだけで」
 男は伯爵の許しを得て再び仮面をつけた。
「剣か……」
 伯爵は呟きつつ空を見上げた。
「剣だな」
 死の匂いと裏腹に、空はどこまでも青かった。

設定

  • 上記ボンクラトークの通り、疫病で抗体がついたもの以外死んじゃった貴族領
  • 領主は『二度とこの病気に罹らない』点を利用し、戦闘部隊を立ち上げる
  • 部隊の構成員は全員黒衣に皮製の仮面姿
  • 戦闘時は、弓矢や投石器で敵陣に疫病患者の使ってた毛布や衣類、死体そのものを放り込む
  • 水源にも毒とか放り込む(その場合は自分達の水源は別に確保)
  • 平時は、領を上げてこの病気の患者の世話をする療養地的なことをしている
  • 他の領内で発生した同じ病気の患者も引き取って世話
  • 他所から引き取った患者は、死ねば部隊の『兵器』に、生き残れば新たな領民、補充兵として扱われる
  • 新たに生まれてくる子供たちは母子感染で生まれつき抗体持ち

 たぶんあちこちで恨みを買って最期は領丸ごと燃やされる。