白いタイツとお姫様

自分の中で、一人称に関する方向性が決まった。
内容については設定マニア、変態ともてはやされた。

 初期の消火活動がうまくいったためか、新市街のこの辺りは大火事にやられることもなく昔の姿を維持していた。
 俺はバックパックの位置を直すと、周囲の音に気をつけつつ十字路を横断し、ビルの影に入っていった。
 俺がいるのは大通りに面した繁華街だったあたりで、通りの両側には規則正しくケヤキか何かの木が植えられていた。
 剪定するもののない街路樹はその枝を伸び放題に伸ばしており、通りを覆ってトンネルのような風景を作り出していた。
 周辺にあるほとんどの店は例の騒ぎでひどいことになっており、ところどころに死体を打ち付けたり吊るしたりした跡があった。
 死体。そう、死体。死体死体死体。どこもかしこも死体だらけ。ちゃんと始末をつけた死体。きちんと再殺された死体。


 死んだ人間が歩き出したというのをはじめて聞いたとき、俺は飲んでいたビールから口を離し、話を振ってきた奴の面をまじまじ見つめ、ゲラゲラ笑って馬鹿にした。話を聞く限りどう考えても『Zではじまる例のアレ』だった。
 それから二日も立たないうちに、状況はものすごい勢いで悪化して俺は『Zではじまる例のアレ』の渦中にいた。
 つまり、死んだ人間が起き上がって生きた人間に襲いかかり、襲われて死んだ奴も起き上がって無限増殖というアレだ。
 飲みの席でその話を振ってきた奴も、そのうちあーとかうーとか唸りながら襲ってきたためにフライパンで殴り殺すはめになった。
 どうも、そのあたりに関して俺は淡白な性格だったらしい。友人知人をことごとく再殺した俺は、街をうろつく生き残りの中では希少なソロ活動型として知られはじめた。


 新市街をうろつく俺の姿は、ちょっと見は古い映画に出てくる武装ゲリラだ。装備の大部分は略奪したか盗んだか他の生き残りとの物々交換で手に入れたもので、必要最小限のものに限られている。
 『Z』に咬まれると体に悪いのは誰でも知っている。だが連中は力が強いため、一度掴まれると逃げるのが面倒くさい。そのため、あまりダブついた服は着れないがそこそこ厚着するのが望ましい。また、都市部をうろちょろする以上、足元はしっかりしたものを履いておきたい。瓦礫の上をサンダルで歩くのが好きなら別にいい。
 というわけで俺の服装は堅実そのもの。下は厚手のズボンに登山靴。上はシャツを二枚ほど着て上からフード付のスプリングコートを着込んでいる。バックパックはこれも登山用のでかい奴で、肩には64式小銃を吊っていた。
 ちなみにコートのポケットには地図とコンパスと予備の弾倉とビニールテープが入っている。銃は部品が落ちないようにビニールテープでぐるぐる巻きだ。水筒代わりのペットボトルは壊れた自販機からの略奪品。そのうちちゃんとした水筒を調達しよう。
 俺は街路樹のトンネルの脇をそろそろと歩いていた。そこらじゅうにひっくり返った自転車だの何かを引きずったような血の跡だの女物の下半身それも裸で腐りかけなどがあって歩きにくい。わき道で音がしたので足を止める。出てきたのは片腕のないスーツの男と着飾ったおばちゃんとかわいい女の子だ。全員があーとかうーとか唸りながらよろよろと俺の方に歩いてくる。
 俺は大回りにそいつらをよけると、わき道の奥を偵察した。三人以外に『Z』さんはいないみたい。よしよし。
 俺はまずスーツの男の後ろに回り、膝の横を銃で殴った。関節を破壊されて倒れたところを、慣れたしぐさで頭をつぶす。このとき、夢中になりすぎて他の奴に捕まらないように注意すること。次におばちゃんを同じ要領で再殺する。指輪だの首飾りだのが高そうだったので、一応全部いただいておく。死んでから長いためかなかなか取れず、結局指を切断してから指輪を抜いた。
 問題は女の子だ。見たところ損傷もすくなく、知性が抜けた顔もそこそこ見れる。スカートの下は白のタイツ。うーん。
 正直、この手の『Z』さんは持って帰るとマニアに売れる。人間の欲望に限りなく、変態さんたちの欲望はアクロバティックで常に想像の斜め上を行く。下か。


 『Zではじまる例の方たち』が街に溢れて以降、人類の歴史は終わったかというとそうでもなかった。意外と生き残った人間の数は多く、噂では国家レベルで治安を回復できたところもあるらしい。
 俺の周辺で言うのなら、生き残りは大体二つのパターンが見られるといっていい。一つは防衛拠点を作って立てこもっているタイプ。もう一つは常に動き回って安全を確保するタイプだ。俺は前者をシタデル、後者をノマドと呼んでいる。
 シタデルのタイプは大から小まで。一人で引きこもっている奴からそこそこでかい施設でコミュニティを形成しているところまで。
 ノマドは中規模以上の武装グループであることが多い。『Z』さんたちと戦いつつより安全な場所と略奪品を探している。
 シタデルとノマドの共通点としては、時々とことんオカシクなってしまった連中がいることだ。気持ちはわかる。だが、他の人間を襲うのはいかがなものか。
 俺がうろつく新市街周辺では、シタデルは国道沿いのショッピングモールに立てこもった『モール族』、丘の上の教会にいる『要塞教会』、なんとか工科大にいる『図書館防衛軍』あたりがでかいところだ。ほかにも民家だの警察署だのにちょこちょこいる。ノマドでは、『要塞教会』シンパの武装単車集団『鉄騎会』、あちこちの工事現場の足場とかビルの壁に張り付いて『Z』を避けている『ガーゴイル』、住民のいなくなった民家から主を失った飼犬を救っているうちに野犬集団のアルファになった変人のおっさん『犬男』なんかがいる。アルファというのは動物の群れのリーダーのことだ。『犬男』のところの猛犬どもは『Z』さんを餌に生きているので新市街周辺では無敵といっていい。
 俺はソロのノマドだが、上記のグループのほとんどと交流があるのが強みである。『モール族』から買った装備を『ガーゴイル』に運んだり、新市街で見つけた金目の物を『要塞教会』に寄付するかわりに『鉄騎会』の単車に危険地帯での送迎してもらったりしている。つまりフリーランスの何でも屋だ。便利使いされる代わりにどこにでも顔を突っ込める。


 というわけでかわいい女の子の『Z』をさばくルートも持つ俺であるが、今回は別口の仕事があるために白タイツちゃんを連れまわす余裕はない。仕方がないので近くの建て屋に白タイツちゃんを閉じ込めて、後で取りにくる事にする。建て屋から出てくるのに時間がかかったのと、俺がすっきりした笑顔な理由は特に詮索しないでいい。
 さて。
 こんな感じでやりたい放題にやっているような俺ではあるが、実際にはいろいろとしがらみが多い。食い物や衣服はある程度新市街のあちこちから調達できる。だが、社会崩壊前に行政だの企業だのが提供していたサービスは当たり前だが受けられない。いまや本物のエンジニアリングを提供できるのは『図書館防衛軍』ぐらいだし、医薬品を含む多様な物資を一番溜め込んでいるのは『モール族』だ。空中生活者である『ガーゴイル』には土建屋崩れや元自衛官などが多く、礼をすればロープワークをはじめとするその技術を教えてくれる。
 つまり持ちつ持たれつの関係だ。基本的なパターンとしては、シタデルがノマドに各種サービスを提供し、ノマドは文明の残骸から使えそうなものをサルベージしてシタデルに売りつける。ソロの俺はそれだけその手の付き合いが多くなる。便利使いされるといったのはそのせいだ。
 今回俺がもらってきた仕事は、大通りの街路樹トンネル周辺で暴れている余所者についての情報収集だ。なにか宗教が入った方たちらしく、新市街周辺のあらゆる勢力と衝突している。『鉄騎会』のシマでガソリンスタンドから燃料を取ろうとするわ、『犬男』の群れをただの野犬だと思って銃で撃つわ、小規模なシタデルを襲って住民を虐殺して物資を奪うわでやりたい放題。はっきりいって迷惑です。
 というわけで俺はそろそろと街路樹トンネルを歩いている。銃を使って余所者に見つかるとまずいので、『Z』さんにあたったら肉体の力で潰すしかない。『要塞教会』と『鉄騎会』が定期的に新市街の浄化作戦を行っており、『犬男』の群れが大食らいなせいで数が少なくなったとはいえ、『Z』さんが完全にいなくなる気配はいまだない。『モール族』が物資を溜め込んでてムカつくので、他のシタデルが手を組んで戦争を仕掛けるという噂もある。それが本当になるとまた『Z』さんが増えるだろう。
 別に『Z』さんにやられなくても、死ねばみんな『Z』になるのだ。
 大通りがゆるくカーブを描くあたりに差しかかる。カーブで見えない先のほうから、あーとかうーとかいう唸り声が聞こえてくる。一人や二人の唸りじゃない。なんか銃声も聞こえてきた。


 街路樹トンネルの一番奥に、件の余所者グループがいた。数台のトラックが側面を外に向けて円を描いて止まっており、それがどこぞの野外コンサートの観客並みに集まった『Z』さんに囲まれている。単管で組んだ柵がトラックとトラックの間を塞ぎ、『Z』さんが円の中に入ろうとするとそこから物干し竿でつき返したり銃で撃ったりして防いでいる。ゴルフ用品店で盗った双眼鏡を使ってみたところ、円の中にはテントだのブロックで作った炊事場だのが見て取れた。トラック以外の小型車両や単車の姿も確認する。す、すげえ。なんか大規模な武装集団の様相ですよ?
 俺としてはこれでもう任務完了とかほざいて取って返したい気分だったが、あの武装集団をほっとくと新市街がえらいことになるのは目に見えている。宗教が入っているという噂を確認し、外交的勝利の可能性を模索したほうがいいかもしれない。つまり既存のシタデル・ノマド間での話し合いに参加させ縄張り確認ができるかどうか。あるいは俺が連中に取り入ってうまい目を見れるかのチェックである。俺はコートから地図を取り出すと、余所者に近づくためのコースを考えた。地図には、俺が自分で調べた情報や他の生き残りとの交流で得た情報が所狭しと書いてある。
 余所者がいる大通りの隣のビルが、今は別の場所に移動した『ガーゴイル』の以前の住処であるらしい。ビルとビルの間には『ガーゴイル』が張った移動用のロープが残っており、三つ手前のビルから直接そのビルへと入っていける。これはいけるのではあるまいか。
 俺は余所者に見つからないように、大通りを離れて目的のビルに向かって移動を始めた。


 余所者の隣のビルに着いたときには、すでに日が傾きかけていた。『ガーゴイル』の住処は内側から封鎖された倉庫風の部屋で、ロープを使った進入以外はできないようになっていた。『ガーゴイル』の移動用ロープという奴はとんでもないブツで、地上六階ぐらいの高さのビルの最上階の窓が開けられ、そこから二本のロープが縦に並んで張られていた。理屈はわかる。上のロープを掴み、下のロープを踏んでいく。途中の何ヶ所かは、上下のロープが離れないように縦にもロープが張られている。はしごを横にした形といえばわかるだろうか。ここでも『ガーゴイル』と付き合いがあったことが幸いした。安全帯を考えた人は天才です。
 さて。どうやら余所者たちは『ガーゴイル』のロープに気付いていなかった気配がある。気付いていてもまさか移動用とは思っていなかったようだ。 これはうまい。このまま連中に気付かれずに上から観察。さらに状況が許せばもっと下のフロアに降りて情報収集。クライアントが報酬を上乗せする可能性に思わず頬が緩んでしまう。
 俺は鼻歌交じりに扉の封鎖を解くと、勢い良くビルの中へと入っていった。
「誰!?」
 そしていきなり見つかった。


 倉庫風の部屋の扉を抜けたそこは、少し広めの会議室のような場所で、なんだかインディーズのデスメタルのジャケットみたいなことになっていた。
 窓という窓は純白の布で隠されている。四方から業務用の大型ライトが照らされ、部屋は神々しいほど静謐な雰囲気を出している。
 それを台無しにするように、目隠しをされてボールギャグを噛まされた妊婦が両手足を切断されて長机に拘束されていて、その周りを素っ裸に動物を模した被り物をした数人の男女と同じく素っ裸に純白のマントをまとっただけの幼女が囲んでいる。妊婦は明らかに死にかけており、幼女はその小さな手に用途の明白な鋭いナイフを持っている。
 Q こいつらとまともな交渉は可能か
 A 正直無理じゃないかなぁ
 俺は64式小銃を構えると安全装置をレにして引き金をしぼった。


 真っ白な部屋は適度に真っ赤になった。まぁ、俺がやらなくてもどうせ真っ赤になっただろうけど。俺は死者が『Z』さんにならないように、手持ちの鉈で死者の頭を割って回った。妊婦さんを見ると、弾は当たってないが血が流れすぎたせいか死んでいた。俺は目隠しとボールギャグをとると、軽く眼を閉じた後に頭を割った。
 下のほうからわーわー声がする。あれだけ派手にぶっ放したんだから当然か。俺は最後に残った幼女の頭を割ろうと様子を見た。
 幼女は気絶しただけで生きていた。
 俺は少し考え、両手を後ろに回してビニールテープでぐるぐる巻きにした。同様に脚をあぐら状にし、足首をビニールテープで固定した。
 良く考えれば全裸幼女をこんな格好でしばるのも大概な趣味だが、この餓鬼の趣味もかなり大概だ。俺は幼女のほおを殴って目を覚まさせた。
「ハロー」
 うっすらと目を開けた幼女に声をかける。暴れはじめたので二三発蹴りを入れ、咳き込んだところで髪を掴んで顔を持ち上げる。
「お尋ねしたいんですがね、なんすかねさっきのイベント」
 幼女はきつい視線で俺に答えた。
「貴様は何者じゃ。何故に我の儀式の邪魔をする」
 時代がかったしゃべりだが、滑らかさが無い。どっかの変態に仕込まれたプライドの高い玩具というところだろうか。
 めんどくさくなった俺はちゃっちゃと情報を引き出すべくバックパックから番線とペンチを取り出した。
 番線――土木作業用の鋼線を幼女の腕に巻きつつ俺は続けた。
「まぁとりあえず。知ってること全部教えてください。でなきゃ腕がえらいことに」
 幼女の顔に初めて怯えのようなものが浮かんで消えた。
 耐えられると思ったのなら、幼女は自分の甘さをすぐに知ることになるだろう。


 『白き再生』は今回の大惨事で勢力を伸ばした集団で、死と再生を白というシンボルカラーで表現する意味不明のセックス&ゴアカルトだった。
 さきほど見た儀式について言えば、妊婦を儀式の上で殺害し、妊婦が『Z』になったかならないかで胎児を取り出し、母なる『Z』から再生した穢れ無き赤子という演出をするものらしい。おいマジかよ勘弁してくれ。
 なんでそんな連中が新市街に来たのかといえば、以前連中がいたあたりではほとんどの生存者が『再生』に入信するか『再生』の儀式に使われるかしたせいで、『Z』さん以外にぶっ殺せる相手がいなくなったのが原因らしい。
 要は自分より弱い人間を殺すことで呪術的思考と精神的アレを満足させないと破綻するカルト集団が、新たな犠牲者を求めて大移動ということだ。下にいるのはその第一波で、俺が優しく情報を引き出した幼女はある種の巫女だか神官だそうだ。
 Q そんな方たちとまともな交渉は可能か
 A あのね、無理。マジで無理マジで
 俺の脳内回答者が両手で×の字を作る。うん、本当に無理だよこいつら。
 階下から大人数が駆け上がってくるような気配がある。電気が止まっていて本当に良かった。
 俺は腕が紫色にはれ上がった幼女を引っ張りあげると、無線機を取り出して指定されていた周波数にあわせた。
「ふん、なにをしても逃げられんさ」
 幼女が憎まれ口を叩く。俺は幼女を引っぱたいて『ガーゴイル』の倉庫に戻ると、扉を再度封鎖して例のロープに取り付いた。安全帯をロープにかけ、幼女を腹の前にくくりつける。暴れる幼女の首をしばらく絞め、大人しくなったところで説明する。
「君は人質だ」
 ロープをわたり始めたところで、倉庫の扉が突破されてカルト教徒が俺を見つけた。銃を持った何人かが俺に狙いを定めたが、連中のお姫様が俺の腹のところにいるのを見て撃つのをやめた。うまく俺だけを撃ってもお姫さまごと地上に落下。わかってる奴は話が早い。
 もちろん、俺の方にそんな制約は無いのである。俺は無線機を取り出した。


「こちらシェパード、ハンター送レ」
「こちらハンター。YOYO、遅くね? どだった? どうよ? 送レ」
「ハンター、真面目な話だ。現在人質を確保して逃走中。連中に対する全面的攻撃を提案。案の定殺人系カルト。送レ」
「あああ。Rog、ガントレット神父にはあとから伝える。位置は? 送レ」
 俺は事前に確認してあった位置情報を報告した。
「Rog、そこだと鉄騎会の巡回騎士を送るのに時間がかかる。どうだ? 送レ」
 俺は後ろを振り向いた。カルト教徒もロープを渡り始めている。俺と違って安全帯をつけている様子が無い。
 ためしにロープを揺らしたところ、三人ほど落ちただけで残りがすごい顔で迫ってきた。
「ハンター、本気で無理だ。送レ」
「あああ。OK、防衛軍の155を借りる」
 今ハンターはなんつった?


 『図書館防衛軍』は工科大学にこもった学生だの研究者だののグループだが、その最大の武器は校庭に置かれた旧自衛隊の特科部隊の残した野砲だった。本物の数学と本物のエンジニアリングをもった『防衛軍』の砲撃はその正確さでもって知られ、噂では数キロ先のカップラーメンの蓋を砲撃ではがせるという。いやそれは無理だろう常識的に考えて。
 その『防衛軍』の155ミリ砲が俺を支援するという。
 ちょっとまて。ハンターは俺がビルとビルの間に張られたロープにぶら下がっていることを知らないのか? そんな贅沢な支援をもらったら俺は確実にふっとぶっつーか。つーか。あ。
 先程の通信内容を思い出す。うん、確かに俺がロープにくっついていることをハンターに伝えていない。悪いのは全面的に俺だった。
 とか一人で苦悩しているところに、『防衛軍』の放った初弾が叩き込まれてきた。


 『防衛軍』の砲撃は完璧だった。一撃で『再生』のトラックの一台を吹き飛ばし、続く数発もほとんどが『再生』のキャンプの中に叩き込まれた。
 『再生』がその戦闘力を過信して同じ場所に長くいたのが災いした。集まってきていた『Z』さんたちの数は砲撃で片付くほど少なくない。キャンプの中に『Z』さんたちが雪崩れ込む。
 絶叫と破壊音と咀嚼音。こいつ等のキャンプはもうおしまいだ。


 ロープの上にいた俺達はえらい目にあっていた。砲撃の衝撃波でビルとロープが大揺れし、俺を追っていたカルト教徒もほとんどがロープから落ちていた。なんとかくらいついていた俺はロープを渡りきり、仰向けに倒れて荒い息を吐いていた。腹にくくりつけた幼女が身もだえする。
 そうだ。こいつを忘れていた。
 俺が腹からはがすと、幼女は殺しそうな目で俺を見つめた。さて。
「お前をどうしたら良いんだろうな」
 物は試しと聞いてみる。
「好きにすればよいだろう」
 幼女は険しい目つきのまま言った。
「殺すなり汚すなり。貴様は我の全てを奪ってしまった。主様に与えられた信徒は全て無く、我も辱めを受けている」
 相変わらずの憎まれ口だ。ふむ。
 考えてみればこの娘もかわいそうなものだ。歳を考えれば、物心ついたころには『Z』さんがあふれていて、カルトにすがって生きてきたのだ。
 彼女はこうなる前の世界を知らない。知っていたとしても、その意味を理解する前に世界は崩壊をしてしまったのだ。


 だけど冷静に考えるとそんなこと俺には関係ないな。
「こうしよう」
 俺は満面の笑みを浮かべて言った。
「近くに可愛い女の子を確保してあるんだけどな。その子については、俺は引き取り手を用意できるんだ。そういう子を引き取る親切な連中にコネがあって」
 幼女は黙って俺の話を聞いていた。何が言いたいのかわからないらしい。
「君もその子といっしょに引き取ってもらおうと思う。なに、金を持ってる連中だから一人も二人もかわらんって」
 幼女の顔に徐々に理解の色が見えてくる。
「……いまさら、我を助けようとでも?」
 用心深くたずねてくる。
 俺は優雅に両腕を広げて肯定した。



「白タイツちゃんとカルトの姫様。商品としては申し分ないって」
 俺は相手が思わず安心する取って置きの笑みを浮かべて、傷の少ない死体の作り方を考えはじめた。