そして書きかけのエロ小説

 完全に趣味で書いてるファンタジー小説の断片もついでだから載せる。

 良い射手は、得物を手足のように使いこなす。
 優れた射手は、それに加えて風を読む。


   ***


 水を張った樽にざぶっとコップを突っ込み、ごくごくと一息で飲み干すと腕を振って水気を払った。
「菜切りぃ、タマネギ追加ァ!」
「了解ぃ!」
 どかっと脇に置かれたザルを確認しつつも、手元のまな板の上ではダカダカと音を立ててタマネギが刻まれていた。
 皮をむかれた丸いタマネギがあっという間に微塵になったのを、包丁でさっと横に滑らせて用意された樽の中に払い落とす。
 ザルに山と積まれたタマネギからひとつを取り、これも微塵に刻んでいく。
 片手がさっとタマネギを取り、微塵にして樽に払い落とす。


 延々とこの動作を繰り返す。


  ***


 王国軍で『シチュー鍋』と言えば、それは野戦糧食部隊のでっかい調理車両のことで、こいつの勤務員は大抵『玉杓子』だの『鍋掴み』だのといった厨房用語の渾名をつけられていた。
 『菜切り包丁』は独立混成第1戦闘団の野戦糧食中隊所属の下っぱで、最近では『包丁』すら略してもっぱら菜切りと呼ばれていた。
 時間はまさに昼飯前だ。冗談ではなく、この時間の糧食屋は戦争の中にいる。


「あああああ」
 と菜切りの傍らで糧食係の一人が言う。
「足りねぇ足りねぇ人手が足りねぇ」
 油を引いたフライパンの上では米がいい色に炒められ、別の鍋ではぐつぐつと干し肉が煮られている。
 ぷぎぃ、という声に一瞬だけ意識を向ければ、精肉小隊の馬鹿が一人、徴発してきた豚をつめて血抜きを始めているところだった。
「ふざっけんな!」「よそでやれ馬鹿野郎!」
 仲間と一緒に言いながらとったタマネギを二つに割る。中が痛みきっている。
 顔をしかめたところで、糧食部隊では将軍より偉い調理班長の怒鳴り声が聞こえてきた。


 『シチュー鍋』のシチュー鍋を前にしているのは人間で言えば20代後半ぐらいに見えるエルフの軍曹で、実際の歳とほんの少しの親近感から皆にばっちゃんと呼ばれていた。
「遅えぞ菜切り!」
「すんません!」
 言いながら樽いっぱいの刻みタマネギをシチュー鍋にぶち込んでいく。すぐさま水係が鍋に水をそそぎはじめた。
 ばっちゃんが雑にしか見えない手つきで鍋の中身をかき混ぜる。
 ばっちゃんは糧食屋として数十年の経験を誇る大ベテランで、子どころか孫までいるのに軍に残っているのは、その腕が忘れられなくなった偉いさんがいるからだといわれていた。
 噂はともかく、ばっちゃんのいる部隊の飯の旨さは伝説的で、独混第1でもばっちゃんが同じ部隊にいると知って感動して泣く奴がいる始末だった。
 だが、さっきの怒鳴り声のとおり、『ほんにん』は頑固一徹職人肌で、一緒に仕事をしているとおっかないというのも事実ではあった。
 菜切りも、ばっちゃんを『怒らせたらやばい』リストに載せている一人で、出来るならばなるべく距離を置いておきたいと願っていた。
「下味急げ! タレできたのか? 米もってこい!」
 ばっちゃんがあちこちに指示を出し始めた。菜切りはこれ幸いと、ひょこっと頭を下げてこっそり自分の持ち場に戻ろうとした。
「おい菜切り!」
 ばれた、と思いその場で固まる。
「まだまだ遅え! だが、他の奴よりかはマシだ、腕を上げろ」
 了解、とだけ言って逃げ出した。


 持ち場で、同僚が意味ありげな目で見つめてきた。
 菜切りは反対にすごく情けない顔で見返した。
「目ぇつけられたね」
 同僚がわざとらしく同情した声で言う。
「がっくりだよね、ほんとに」


 ああ、がっくり。


   (続く)