ラルバン丘陵攻防戦

 前回の日記で適当にでっち上げた設定でテストコード(雰囲気チェック用断片)書いてみた。

 夜中にふと目がさめた。


 天蓋付きの寝台の上で、伯爵令嬢は夢の内容を思い出そうとして、それがもう思い出せないことに気がついた。軽く頭を振り、天窓から入る星の明かりを頼りに机まで行く。
 机上のランプに火を入れる。
 水差しからコップに一杯そそぎ、昨晩見ていた手紙を再度あらためる。手紙は元使用人にして幼馴染からのもので、今は東の国境近くにいるらしい。
 手紙を読みつつ、一緒に送られてきた木製の模型に視線を向けた。
 奇妙な模型だった。関節を持つ四本の脚。水銀の錘と鯨鬚のゼンマイと弾み車が複雑に組み合わさった機関部のようなもの。帆船にも似た上部構造はハンカチサイズの帆がいくつも張られ、全周から貪欲に風を掴む構造であることがわかる。胴部は広い円形の三層構造になっており、各層で脚と帆とを操るための原始的な端末がついている。
 令嬢は長くとがった耳の端を無意識に弄った。そこには、以前贈られた銀の耳飾がついている。
 模型についてきた飾り台の銘板には、『帆走腕木通信機』と記されていた。


   ***


 ラルバン丘陵が陥落した。
 丘陵頂上部には、戦線安定直後から西方諸国軍策源地と前線とをつなぐ主要通信所の一つが開設されており、丘陵の陥落は戦線北部における通信効率の極端な低下を招いた。
 これを受けて、諸国軍は直ちに丘陵奪還を決定した。


   ***


 西方諸国の一つ、ヴォラン王国はエルフと人間達の国で、貴族の地位はエルフによって占められており、軍もその影響を受けていた。
 エリミリ少尉は騎乗歩兵第二連隊の若い女性士官で、ラルバン丘陵に投入された第三大隊の第二中隊につけられていた。若手とはいっても士官である以上エルフで、年齢はすでに四十を回っている。


「少尉」
 背後からの声に、エリミリは片手を挙げただけでこたえた。
 木々の間から、エリミリと同じように騎乗した人間の下士官が姿を現した。年のころはエリミリと同じほどだが、人間であるためエリミリの父親のようにも見える。下士官はエリミリの傍らへと乗騎を進めた。
 二人がいるのは、ラルバン丘陵周辺が一望できる、南の一段低い丘陵の稜線だった。騎乗歩兵は文字通り馬に乗った歩兵であり、その最大の武器は機動力と運用の軽便さだった。王国北部の十月地方が開拓による人口増加を受け連隊区に指定されたときに、開拓者の大部分が馬を駆ることから生まれた兵科であり、今回のような偵察や大規模な浸透、ゲリラ戦等に強みがあった。


「やはり、規模は大きくないようね」
 望遠鏡を渡しながらエリミリは言った。
「ここから見える範囲だとせいぜい二個大隊程度。丘陵を維持するにしては少なすぎる」
 言いながら、足を踏みかえる乗騎の首をやさしく叩いた。
「頂の腕木が見えません」
 望遠鏡を覗いていた下士官がそれにこたえた。
「完全に破壊したようですね。これで通信網の再構築に時間がかかる」
「戦線北部正面で中規模攻勢。それを陽動にして戦線北端を迂回突破」
「そしてラルバン丘陵通信所の制圧と部隊の残置」
 下士官は望遠鏡を下ろすとエリミリを見た。エリミリは家庭教師を前にした気分を覚え、顔をしかめる。
「これ自体が陽動というところね。おそらく、短時間戦力をひきつけておくだけの」
「通信所を潰して対応が遅くなったところを叩くんでしょうな」
 下士官は鼻を鳴らしてみせた。彼にしてみれば自分と部隊の動きだけが全てであり、戦争全体の行方はそれらの立ち位置を確認するために最低限押さえておけばいいと知っていた。


 諸国軍も、敵対する竜の帝国も、主要な通信手段として腕木通信機網を整備していた。
 腕木通信機は巨大な木製構造物で、中心となる柱に横木をつけて十字架状にし、さらに横木の両端に一本ずつ棒状の木をつけて完成とした。
 横木と両端の計三本の木でさまざまな形状をつくり、通信手は遠方からそれを読むことで情報を得た。狼煙や手旗信号の発展したものともいえるが、通信速度も情報量もそれまでのものを圧倒していた。都市部では街の最も高い位置にある宗教施設や防衛施設に腕木が併設され、野外においてもできる限り高い場所に通信機を設置する努力が払われた。
 ラルバン丘陵もそんな場所のひとつだった。

 技術レベルとしては、ナポレオン戦争前後プラスファンタジー的チート。短距離通信は魔法の力で、遠距離は腕木通信。
 帆走腕木通信機というのは以前から暖めているアイデアで、マスター・スレーブの操作が可能だった腕木通信機に自走能力を持たせたならば、木製ロボットのような運用が出来るのではないか、というもの。トコトコのような単純な多脚移動装置を複数組み合わせて、風力による移動を可能とする奇天烈兵器。
 逆に、大型の人型クリーチャーに手旗信号をやらせて腕木通信機的運用をするというアイデアもあるが、どうか。


 ファンタジー世界で、主要都市の高台にジャイアントの通信兵が立っていて手旗信号で通信する世界。狂ってる。