放課後、夕焼け、教室、机

 某所で、人外の存在との恋愛小説を書けという企画があり、書いてきた。
 ものすごく怒られた。

 想像してみて欲しい、忘れ物を取りに戻った放課後の教室で、次のような光景に出くわす状況を。
 まず第一に、教室の前後二箇所にある引き戸の両方に鍵がかかっており、普通には中に入れないようになっていた。
 それから第二に、教室のカーテンは全て閉じられており、外からは中がうかがえないようになっていた。
 そして最後に、頭の良い俺がベランダ側の扉なら開いているんじゃないかなぁと隣のクラスに不法侵入して回り込み、ベランダのガラス戸を開けて教室内に無事進入したところ、中では一人の女子生徒が股間を机のひとつに押し当てて切なそうな表情で喘いでいた。
 つまり、わっすれものー(ウヮオ)、わっすれものー(ウヮオ)、などと鼻歌と奇声交じりに教室のガラス戸を開けた俺は、がらり、という音に振り向くオゥナァニウィー中の女子生徒と目があってしまったわけである。
 しかも使っているのが俺の机。


「い、委員長……?」
 俺は震える声で痴態をさらすクラス委員長を指差した。眼鏡にお下げ二本というベタい見かけの委員長は、ショックに固まった姿から我に帰ると、その場で俺に背を向けた。
 そして、だだん! と鋭いバックステップからの回転蹴りを俺の即頭部にたたきつけ、一撃で俺の意識を刈り取った。


   ***


 というわけで俺は今まさに気絶しているわけである。気絶しているのに状況を認識している。つまり俺は明晰夢という奴を見ているわけだな。うん、相変わらず俺の頭は回転が早くていい。
 せっかくなので、明晰夢という状況を利用して、俺は自分が見たものをもう一度確認してみることにした。何もない空中に、とりあえず俺の机周辺の教室を再現し、先ほど見た委員長の痴態を配置してみる。
 こうですね、スカートの前端を咥えた委員長が股間を机の角に当ててですね、切なそうに目を閉じて。おお。おお。
 俺は思わず公共放送ではできないことをしそうになったが、実際にやらかして目が覚めた後のパンツの具合を想像して自重した。


 閑話休題
 さて、こうなってしまった以上考えられる可能性は二つある。
 可能性Aはこうだ。『委員長は実は俺のことが好きだった』。しかもライクではなくラヴのほう。今までさっぱり気づかなかったが、色々とたまらぬ思いもあってついに俺の机でことに及んだ。
 グッド。グーッッド。ってーかそれってなんてエロゲ? エッチな委員長は好きですか?
 そうだね、それでいこう。俺は断固として可能性Aを支持する。しかも俺は見てはいけないものを見てしまったわけで、大抵の無茶は通るんではないだろうか。いわゆる脅迫系エロゲーである。いや、この場合は愛があるからプレイなのか。まぁこの際どちらでもいい。ウヮオ! ウヮオ!
 ちなみに可能性Bはこうだ。『委員長はコアな机角オナメェーニア(注:マニア)で、色々試してみて俺の机が一番具合がよかった』。
 うん、却下。ないない。そもそも俺が面白くない。
 大体なんだよ机角オナニーマニアって。あ、言っちゃったよオナニーって。今まで頑張ってごまかしてきたのに。ごまかせてないか。ないな。何の話をしてたっけ。

 まぁ、結論は出たんじゃないだろうか。すばらしきかな人生。おめでとう愛される俺、ありがとう愛される俺。委員長の蹴りはきつかったが、これも照れ隠しだと思えばなんのことはない。戻れ意識よ、我に愛の時間を与えたまえ。
 俺は幸せな未来に思いをはせ、目の前に再現した委員長の痴態を眺めつつ自分の意識が戻るのをまった。


   ***


「Bです」
 正解はBだった。


   ***


 え? マジで? 誰が? 誰が得するのそんな展開。
 気がつけば、俺は例の教室の隅で、両手両足を縛られて床に転がされていた。無表情に俺を見下ろす委員長が本気で怖い。
 とりあえず、ズボンをおろされて携帯電話で恥ずかしい写真をたくさん撮られたあたりで俺の心はきれいに折れた。しかも最新機種で超美麗画質。
「ぱぱ、まま、私汚されちゃったよ……」
 はらはらと落涙するかわいそうな俺。
「それはともかく」
そんな俺を無視して、委員長は容赦なく言葉をつむいだ。
「これで条件は同じです。ここで見たことは他言無用。もしも余計なことを言ったら……わかりますね?」
 委員長が携帯をつまんでわざとらしくぶらぶらさせた。俺がロボットのようにカクカクと頷くと、委員長はようやく俺の拘束を解いてズボンをあげるのを許してくれた。
 しくしくと泣く俺にため息をつくと、委員長は少しだけすまなそうな様子で俺に言った。
「まぁ……今回は私も少し悪かった。戸締りが完全ではなかったし、貴方の机を使っていたことは謝罪します」
 意外にも常識的な受け答え。というか思い出したが、委員長は本来こういう感じのキャラだったはずだ。誰にでも丁寧で公正明大。少しぶっきらぼうな物言いも、可愛いといえないこともない。
「じゃあ、俺の机でヤるのは……止めてくれる?」
 委員長が普段どおりに戻ったことに勇気付けられ、俺は小動物の声と態度で懇願した。委員長は地味目な格好とは裏腹に結構な美人さんだが、さすがに好きでもなんでもない女が俺が日常的に使ってるもんでっていうのはぶっちゃけ嫌だ。
 それに対して、委員長はきっぱり言った。
「断固としてNOです」


   ***


「んっだよそりゃあ!」
「仕方ないでしょう! 貴方の机すっごく具合がいいんです!」
「納得できるかい! もー怒ったマジで怒った、関係ない写真とか関係ない全部チクるマジでばらす!」
「そ、そんなことしたら貴方だって!」
「関係ないっつった! 俺は覚悟決めたぞ、覚悟決めろコラァ!」
「止めてください!」


 売り言葉に買い言葉の醜い言い争いの後、委員長は言った。


「私は……あのこを愛しているんです!!」
 な、なんだってー!?


   ***


「いつも、自分を押し殺して」
 固まった俺に対して、委員長は語った。
「父さんや母さん、先生や友達みんな」
 涙を流しながら俺に語った。
「誰も私をみてなんかいない。ああしろ、こうしろって。そして、それに逆らえない自分が大嫌いで」
 そんなとき、ふと机の角に幼い性をぶつけてしまったのだという。
 周りの要求どおりに『いい子』であり続けた委員長が、明らかに異常なシチュエーションでの危険な遊戯に夢中になった。
 高ぶる感情。普段、自分を押し殺している分、背徳感は数倍増しだ。
 そして、何かが彼女の琴線に触れた。ただの欲望の開放ではない、それは魂の開放になった。
 その異常な行為に、彼女は、確かに救われていた。


「おかしい……ですよね、私。でも、今言ったことは全部本当。このこたちが」
 委員長が俺の机をなでる。なんということのないその仕草に、俺はぞくりとするような色気を覚えた。
「……このこたちが、私を救ってくれた。このこたちといるときだけは、私は、私のままでいられた。愛しているんです、このこを。このこたちを。だから」
 涙をこぼして俺を見る目。夕日に染まる、赤い教室。


「だから」
 開け放った窓から吹き込む風が、委員長の髪をゆらしていた。


   ***


 俺には全てを忘れることなど出来なかった。
 全てを受け入れることも出来なかった。
 だからといって、全てを否定することも……俺には出来なかったのだ。


   ***


 翌日、俺は何事もなかったかのように学校にいった。
「おはよー」
「おはよーさーん」
 教室に入り、挨拶をしながら目だけで委員長の姿を探した。
 教壇のすぐ前の、大抵のものが嫌がる席に、つんと澄まして座っている。
 俺はぐるっと回ると委員長の席まで足を伸ばした。
「おはよー、委員長」
「……おはようございます」
 俺に気がついた委員長がほとんど表情を変えずに返事を返した。俺だけにわかる、わずかな緊張が見て取れる。
「ええと……」
 俺はそこで言葉に詰まった。


 あの日、委員長がその内に秘めた感情を吐露した後、俺は何も言わずに忘れ物を回収し、そのまま教室を出て行った。
 委員長は追ってこなかった。
 夜になって落ち着いてから、俺は学校の連絡網で委員長の家の電話番号を調べ、連絡を取った。
『……なんですか』
 電話口に出た委員長はかすれるような声で俺に問うた。
「言わないよ、何にも」
 俺はぶっきらぼうにそれだけを伝えた。
『…………』
「俺は何にも見なかった、なんて言えない。いまさらだ。でも、誰にも言わない」
 いまは、と委員長が小声で言った。
『いまは、それでいいです』
「おう」
『その……』
 ああ?
『ごめんなさい。それから、ありがとう』
 それだけを言って、委員長は電話を切った。


「……なんですか?」
 我に返ると、委員長が不審そうに俺を見上げていた。
「あのさ」
 俺は意を決して声をかけた。
「今度飯でも食いに行こうぜ」
「……なんですかそれ」
 不審の表情を強める委員長。
「いやね、お互い嫌なすれ違いがあったけど、きちんと仲直り的なイベントが必要だと思ってさ」
「必要ないと思いますが」
「そういうなって。……まじめな話。お互い、相手の弱みを握ってるような状況で学校生活を続けるのはきつい。ちょっとは歩み寄っておかないとな。情報のなさは不信につながる。下手すりゃ悪い想像にハマって暴走して終わりだ」
 言い方はともかく、委員長にも俺の言いたいことは伝わったらしい。要は敵の情報を知らないと不安だという話だ。
「……わかりました。では」
 そこでHRを知らせるチャイムが鳴った。


 教師が教室に入ってきて、皆がばたばたと自分の席に戻っていく。俺も一度委員長に頷くと、急いで自分の机に戻っていった。
 ちらり、と委員長が俺をうかがうのが見えた。それとも、愛する机を俺がどう扱うのか見たのだろうか。
 さて、これからが大変だ。俺は内心でため息をついた。


 俺が委員長に言った事は、半分が本音で、半分がただの口実だった。
 普通なら、『こんな』ことを考えるはずがないとは思う。異常な状況で、異常な出会いがあった、それだけだ。つまり、俺はただ混乱しているだけか、下世話な好奇心を抱いているだけだ。俺は必死にそう思い込もうとした。
 だが、どんなに自分にうそをついても、そうではないと知っていた。


 俺は、あの教室と夜の電話で、委員長の心に触れたと感じてしまった。
 そして、その孤独な魂に強い共感を覚えてしまった。同情を覚えたといってもいい。
 つまり、結果として、『こんな』ことになった。俺は寝てもさめても委員長のことを考えている。委員長の心のことを、あの日見た痴態のことを考えている。
 つまり、結局。
 俺は委員長に恋していた。



 HRを聞き流しながら、俺は委員長の心を溶かすことの大変さについて考えていた。
 まずは、彼女の抱える闇を理解しなければならない。一緒に過ごす時間を作り、彼女の話を聞かなければならない。
 そして、たくさんのライバルたちをなぎ倒し、彼女の傍らに立たねばならない。
 ライバルたちはすでに彼女の心と体を捕らえている。俺は、それに勝たねばならない。
 挑戦しがいのある目標だ、と俺は思った。


 俺は先生の目を盗んで委員長に向かって笑みを浮かべると、目の前のライバルを軽くパシンと叩いて見せた。

 酒の勢いで3時間で書いたのだが、あー、うーん。こりゃ怒られるわ。